1998年6月パリ、この年の6月はサッカーのワールドカップがフランスで開催された時で、我々が帰る次の日が開会式という非情に賑やかで、そして異常に盛り上がっている時期で、世界中からたくさんのサッカーフリークが観戦のためにフランスを訪れていました。 同時に「世界中から“すりのグループ”がパリに来てますよ」、「大変危険な時期ですよ」、「特にシャンゼリゼと蚤の市は気を付けたほうが良いですよ」と言われていました。 それでも我々は「へー」と他人事のように思っていました。
到着した次の日、朝から「クリニャンクールの蚤の市」に出掛けました。 予想通りかなりの人ごみで、歩くのが困難なほど・・・、歩き始めて10分ぐらいたった頃でしょうか・・・? 若者数人が僕の仲間に、なにやら声をかけていました・・・僕は少し前を歩いていて「何か押し売りされてるな?」・・・と、振り返った次の瞬間!「おーい!」「パスポートをすられた!!!」・・・「エーッ!!?」・・・頭の中は真っ白!すられた本人は顔面蒼白!・・・「警察、とにかく警察! 」訳も分からず、なぜか2人は走り出したのでした・・・。
しばらくして、きょろきょろと警察官を探していると・・・「ムッシュ!ムッシュ!」と一人の少年が近寄ってきて、すられたパスポートを「あなたのでしょ?」と手渡くれました。思わず僕たちは・・・「ありがとう!いや、Merci !」、すると道を挟んだ向こう側にいる老人が、僕たちに何か叫んでいます・・・。冷静になって後から考えると「そいつを捕まえろ!」と言っていたんだと思います。 きっとその少年は犯人グループの一人だったんだと・・・。 残念ながらその後は、蚤の市気 分になれず、とぼとぼホテルに戻りました。 その夜、パリ在住の知り合いにその話をしたら、「運が良かったね、普通パスポートなら最低5000フラン(当時は まだフラン)ぐらい要求されるよ」、「僕が知ってる限り返してもらったなんて初めて!」とのことでした。
まさに「不幸中の幸い」でした。 そしてこの旅はさらに運が悪く・・・帰りの飛行機がストライキでロンドン経由になってしまい、手続きとか何かで半日潰れてしまい・・・と、さんざん。
帰りの飛行機の中で彼は・・・「もう2度とパリには行かない!」 その彼は、その後3回、そして来年1月にもパリに行きます・・・。 きっとパリの魅力が彼を引き寄せるんでしょうね・・・。
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